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食べたものとスタジオ & プールレッスン@コナミの記録など
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おかえり。
今日はママのお葬式だった。火葬場に向かう時、マンションのすぐ近くを通った。もう 1度だけ帰らせてあげたかったけど叶わなかったね。姿は変わってしまったけど、今やっと母は帰ってきました。桜坂のマンションで父と母と 3人で過ごした 2月と 3月の数日間は一生の宝。具合が悪いのに朝は遅刻しないように時間を見て声をかけてくれ、無理して私のために食事を作ってくれ、会社に行く時は玄関で見送ってくれた。母のご友人から「あと何度作ってあげられるかわからないから」 と言っていたことを聞かされたけど、私も母がそのつもりでやっていることは痛いほどわかっていたよ。でもこんなに早く逝ってしまわれるとは思ってなった。後悔は限りなくたくさんある。最初の手術から 4年の間にもっと一緒に過ごしておけばよかったこと、GW中、妹・弟とその家族で子供 4人がいるだけでは疲れるだろうと遠慮して行かなかったけど、お正月の時のように全員揃うように 1時間だけでも行けばよかったこと。酸素吸入を始めた、亡くなる 2日前の月曜、昼休みにお見舞いに行けなかったこと (夕方に行った時にはただ横たわるだけで意識はなかった)。亡くなる前日の昼、母が薄目を開けてこっちを見ている気がした時、半休をいただきたいというメールを上司にするため母の近くにいて手を握っていなかったこと。今思うとあの時が意識がある最後だったかもしれないのに。これから私が死ぬまでずっとあの母の姿と私との距離が甦ってくるだろうと思う。                      結局 2個食べた精進朝ごはん。↑

母の学生時代からの+最近できたお友達、親戚、本当にたくさんの方から「お父さんをよろしく」と言われた。母が死んでも死にきれないと思うのは父と私のことだったろうから、本当に母が安心できるようにしっかりしなくては。でも押しつぶされないように。

3人きょうだいの中で一番出来が悪いと思われていた弟の弔問客の多さ、その子供たちの成長を見て、母はきっと喜んだだろう。私も思いがけずたくさんのお友達がお通夜に駆けつけてくれて、本当に感謝の言葉が見つからないくらい。これまで、故人を知らない場合のお葬式に参列する意味がわからなかったけど、私自身がこんなに力をもらえたし、母にもきっと喜んでもらえただろう。こういうものだったのね。

こういう新たな経験ができたのも、感謝ってことが前よりも少しわかるようになったのも、ママのおかげ。


Posted by : tocotkk | 家族 | 21:39 | comments(0) | -
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